憧 憬 の 轍
2019年3月10日
慶良間見しが睫毛見らん(けらまーみぃしが、まちげーみぃらん)
晴れた朝には遠くに見える八甲田の稜線が青空に映えて白く美しい。
国道103号の通称「八甲田十和田ゴールドライン」の除雪作業はもう始まっているのだろうか。
この冬は比較的に雪が少なかったように感じているが、「谷地―酸ヶ湯」間の雪の壁を開通と共に見に行きたいと思っている。
先週末に引き続きCA105Hのエンジン始動の準備。
C100用のマフラーとエギゾーストパイプではキックレバーが踏めない事などが分かっている。
とは言ってもマフラーやエギゾーストパイプもキックレバーもチェンジペダルも無い。
そこで試運転まで考えている訳ではないので、昨秋から越冬中の“猿軍団”のZ50モンキーから必要な部品を一時的に拝借しようと思った。
ところが同じ横型エンジンながらキックスターターのシャフト径もエギゾーストパイプのスタッドボルトの間隔も合わず、唯一シフトペダルだけを借りてギヤチェンジの確認が出来ただけだった。
某車種のシフトレバーのシャフト径が同じだったのでキックスターター代わりにしようと考えていたが、モンキーのマフラーが使えないとあってはこれも意味が無い。
いわゆるドナーにしようと思ったZ50モンキー
とりあえずキック出来たんだけどなぁ~
エンジンの再始動に向けて昨日からオイルを入れクランクケースに漏れや滲みがない事を確認している。
キャブレターも点滴状態でオーバーフローの確認。
内部に錆があったキャブレターはオーバーフローが起きたり止まったりで、完全なオーバーホールが必要だが、エンジンを再始動させるだけなら何とかなりそうだった。
そんな淡い期待を持った途端に電話が鳴った。
CA105Hのキャブレターはオーバーフローのテスト中
YAMAHA YA3 1959年型
YAMAHA YA3は1959年から製造されたYA2の後継モデル。
一軸式のキックスターターとシフトレバー
タンクの形状も独特
白煙は2ストロークの証
作業場に戻りCA105Hの作業に戻ろうとしていると外で聞き覚えのある排気音が。
なんとJC58で!
「こんなに天気がいいのにバイク乗らなくていいの?」
と奥様に言われたとかで、C100から外したキックスターターを持ってきてくれた。
それにしても1950年代末期のバイクはメーカーこそ違え雰囲気が似ていると思った。
このJC58も左キックの右チェーン
JC58は4ストロークの125cc
某車種のシフトレバーをC100のキックスターターに替え、エギゾーストパイプとマフラーもC100のモノを付けてCA105Hの再始動に臨んだがキャブレターがいきなりオーバーフローしたり圧縮抜けのような症状が出たりで思ったように作業が進まない。
こんな時は焦らずにもう一度作業を見直すに限る。
前回の記事に書いた「駅そば」は旧駅舎での営業を今日で終えた。
仮店舗への移転も、新設される三沢駅での再開も決まっているので味は保たれるだろうが、あの「昭和丸出し」のカウンターで啜る駅そばは今日が最後。
味だけの問題ではないと考えているのはどうやら自分だけだは無かったようだ。
この駅舎での営業は今日が最後
昼時には行列も出来るほどの満員大盛況!
この駅舎が落成した年に自分はこの街で生まれ、生家からは駅周辺が見えた。
前回の記事と重複するが、駅前に残った最後の昭和の景色が無くなってしまう。
生卵や天ぷらの入った“スペシャル”ではなく駅そばの基本中の基本、“かけそば”で駅前の昭和を締めくくる事にした。
いつもは山菜そばお気に入りだったが。
明日は3月11日。東日本大震災から8年が過ぎる。
平成の30年間、日本は多くの災害に見舞われた。
東北だけが“被災地”ではないが、原発の事故が原因で未だに帰る事が出来ずにいる人が多くいる。
帰還を心待ちにしている人、その傍らでこの8年の間に他の場所で新しい生活を始めた人。
それぞれの想いを誰が汲むのだろう。