憧 憬 の 轍
2022年10月2日 備えとは
第二次世界大戦を経験した世代を親に持つ世代とそうでは無い世代では、「戦争」に対するイメージが大きく違うらしい。
さらに自衛隊や米軍基地が間近な所で暮らしているか否かによっても違いがあるのは当然だろう。
西の彼方の戦争は終わる気配もなく、直接的に武器を手にしないまでも世界中が戦いの中にあるような状態だ。
確かに人類はこれまでも力によってそれぞれの領土を奪い取ったり取られたりして来た。
その度に地図は描きかえられたが、人々の記憶は書きかえられるどころか独自の歴史観となって、さらには都合の良い形に変化して後世に伝えられる事になる。
過去を過去として受け入れられない遺恨が世界中で声を上げた時、もはや制する術は無いのかも知れない。
今年の6月頃から林道、と言っても単なる山道を走りに行く一派が盛り上がっている。
かつてキャンプツーリング用に改造を重ねたHONDA XL250Rで参加する事を請われていたが、昨日の時点でそれは敵わないと分かった。
キャブレターのドレンボルトから滲んでいたガソリンはOリングの交換で対処できたが、加速ポンプ周辺からも滲みが多く見られたからだ。
一行を見送り、キャブレターのオーバーホールをしながら土産話を待つ事にした。
キャブレターを外しフロートチャンバーよりも先に滲みの酷かった加速ポンプのダイヤフラムを開けてみた。
細かな錆の屑や得体の知れない堆積物が見られた。
このダイヤフラムは既にメーカー欠品らしいので丁寧に扱わなければならない。
このHONDA XL250R(MD03)は1982年モデルで、タンクはPARIS-DAKARの物を載せているがHONDAから「XL250R PARIS-DAKAR」として発売されたものではない。
後継モデルのXR250 BAJA用のツインヘッドライトを付けたりキャンプツーリング用にバカでかいキャリアを付けたりしたため、外見から車種を見分ける事が難しいまでになってしまった。
最近は大人の事情でなかなか出かける事が出来なくなってしまったキャンプツーリング、もしも長旅が許されるようになっても新しいバイクではなく、このXL250Rで出かけたいと思っている。
組直したキャブレターを取り付けエンジンの始動と暖機後の回転数を確認した。
やはり気にかかるのはロッカーアームとバルブのクリアランスだ。
タンクもシートも外しての作業を朝から続けているので、もちろん再調整した。
朝から八甲田山中の鉱山跡を目指した連中が戻って来るのは昼過ぎになる。
早めの昼食の後は『トーハツのレイジ』が持ち込み、今後が見えないTOHATSU LA5の右側シリンダーを外す作業。
2気筒だがそれぞれにシリンダーが独立しているので片側だけを外すことが出来る。
ピストンには少々の縦傷が見られたが圧縮抜けを生む程とは思えない。
シリンダーにも大きな傷は無い。
ピストンリングの摩耗も考えられるのでシリンダーにセットして間隙を測った。
0.2~0.25㎜程度だった。
ヘッドカバーとシリンダーを外す作業に着手してまず気にかかったのは、ヘッドカバーとシリンダーを押さえている4本のナットの締め付けトルクが緩いように感じた事だった。
ヘッドカバーとシリンダーの間には銅製のガスケットが入っていたが全体的に湿っていたし、シリンダー上面にも漏れたような跡があった。
リングを含めてピストンにもシリンダーにも大きな問題は見当たらない。
もちろん完璧なレストアとは言えないがまだ十分に実働できる状態だ。
TOHATSUが二輪車の生産を打ち切ってから60年。
中古部品がマニアの間では高額で取引されている。
仮に金額に目を瞑ったとしても無いものは無い。
やはり気にかかるのはヘッドカバーを押さえるナットの締め付けトルクだ。
とりあえずは組み直して規定トルクで締め直してみたい。
それでもダメなら・・・?
市販の銅板からガスケットを作ってみるか!
そんな開き直りともとれる作業の傍らで『編集長』はCB400SFにメンテナンスを終えたキャブレターをとり付ける準備に忙しい。
新品のインシュレーターは適度に硬く、キャブレターの再取り付けが待ち遠しい。
また『樵の巨匠』のガレージでは新たに入手したDT90用のエンジン(腰下)からTY175と共用、あるいは流用できる備品の選別に忙しい。
仕事の合間にバイクの修理なのか、バイクの修理の合間に仕事をしているのか。
この点については甚だ疑問ながら、古い付き合いを思い起こせばそれも納得・・・だ。
次の週末に予定している1泊ツーリング、天気予報から目が離せない。
4日頃までは気温のも高めだがその後は徐々に下がり最高気温が20℃を上回る日は無くなるようだ。
太平洋高気圧の衰退と共に発生する台風は東寄りの進路をとるがその分、寒冷前線の張り出しが気になるところだ。
おそらくは雨にあたる事を想定しての出発になるだろう。
それでも車に分乗して行こうなんて思わない。
それは単に目的地に行きたいのではなく・・・、
「バイクで行きてぇんだよ」。