群来 番外編21

憧 憬 の 轍

2023年4月23日 群来 番外編21

 

「群来」と書いて「くき」と読む。

魚の産卵と放精によって海が乳白色に見える現象の事だ。

小樽はかつて鰊漁で栄えた街だった事は広く知られている。

鰊が単に食料としてだけでなく、当時の人々の暮らしを多方面で支えていた事が多くの文献や口述によっても伝えられている。

そして時代と共に小樽は単なく漁業基地としてだけでなく、北海道の経済においても重要な街になった。

しかし経済構造や流通システムの変化と共に小樽は寂れていった。

 

地球規模での自然環境の変化のために長い間見られなかった群来が、平成23年(2011年)頃から再び小樽周辺で見られるようになったらしい。

海の環境がどう変わったのかは知る由も無いが、今では北海道有数の観光地となった小樽に群来は再び繁栄をもたらすのだろうか。

 

20代の中頃、私は小樽で古い建造物の実測調査をしていた。

「再開発」の名の元に古い建物や街区を整備するため、移築保存される建物や一部だけが保存される建物、さらには完全に解体されてしまう建物などのひとつひとつを実測し、図面化する仕事だった。

私が携わった建物の幾つかは今でも移築先で保全されているが、図面だけが残っている建物も少なくない。

石造の古い倉庫で組石のひとつひとつにチョークで番号を書いた事や、真っ暗な天井裏で懐中電灯の明かりを頼りに巻き尺を引いた事も懐かしい。

 

そして函館。街に残る古い建物の様式が歴史を物語る。

旧ロシア領事館やビザンチン様式のハリストス正教会、そしてすぐ側にはカトリック元町教会。

大三坂を隔てて東本願寺の別院も見える。

歩みを進めれば元町周辺にはコロニアル様式の旧函館区公会堂。

函館中華会館は日本国内に現存する唯一の中国清朝様式の建造物だ。

飛行機が旅客用として一般的ではなかった時代、港町こそが文化と歴史の交錯する場所だった事を街の風景が教えてくれる。

 

昼食のついでに立ち寄った書店で手にした北海道のガイドブック。

掲載されていた写真はどれも美しく旅情を誘う。

その写真が綺麗であるだけに、40年前の朽ちかけた状態を鮮明に思い出す。

そして今夜もまた眠れない夜の時間旅行が始まる。