憧 憬 の 轍
2020年10月10日 遠い明日 番外編14
かつて恋人だった人は今や既に未亡人となり、
二人の娘の将来を気に掛けながら暮らしている。
亡夫が残した遺産で日々の生活に苦労はない。
二人の娘の一人は一度結婚したが、
すぐに別れて帰って来た。
もう一人の娘には男の影すらない。
朝は朝食の後に庭の芝生に生えた雑草を引き抜きながら昼食や夕食の献立を考え、
歩いて10分程のスーパーマーケットに買い物に行く。
車もあるが運転はどちらかと言えば苦手で、
出かける時は誰かの助手席に座っている事が多い。
おそらく彼女の安寧を乱すものはない。
ただ日々年老いて行く現実だけがある。
人生の折り返し地点は疾うの昔に過ぎている今、
これから何かを始めようとか、
何かをしようと言う気にもなれずにいる。
それは幸せな半生だったのかもしれないが、
何か物足りなさを感じる半生だったのかもしれない。
カレンダーは残すところ3枚だけになった。
日増しに秋の気配が深まるだけでなく冬の事も考える季節になった。
遠くに見える山は秋の彩を纏っているが近々に初冠雪を迎える。
秋が山から里に下るよりも速く冬が追いかける。
白い雪が一面を覆い多くの彩を消してしまう。
そうなれば春に雪が解けるのを待つだけで庭の芝生から抜き取る雑草さえ無くなる。
そして玄関先に積もる雪を片付けながら昼食や夕食の献立を考える日々が始まるだけだ。
「かつて恋人だった人」が教えてくれる「かつての自分」。
自分も彼女と同じく人生の折り返し地点を疾うに過ぎている。
昔の彼女を知っている自分と昔の自分を知っている彼女。
受話器を持つ手が怠くなるような長電話の先には何があるのだろう。
こんな夜は酒でも飲みながら思いっきり夜更かしして、
明日は昼過ぎまで寝ていたい。