憧 憬 の 轍
2019年6月2日 伝言 番外編8
とある3月の土曜日の午後。
駅まで続く道は自転車で5分もあれば足りる距離だった。
一睡も出来ないままに落ち着かない朝を迎えた。
あの人が今日、この街を離れる。少年の心はその事実だけに支配されていた。
たったひと言が言えなくて1年が過ぎ、遠くから見守るようにしてさらに1年が過ぎた。
千路に乱れた心を持て余し、大声で叫びたい衝動を何度も覚えた。
腕時計の秒針を睨みながら決して止まる事のない時間を恨んだ。
駅に向かって自転車を走らせること自体には何の問題もなかった。
ただ、列車が動き出す前に、持て余す気持ちを伝えることが出来ないくらいなら駅へ行く意味はない。そう思った。
時計の針が正午を過ぎても空腹を覚える余裕すらなかった。
そして午後1時を過ぎた頃、少年は何かに追い立てられるように駅へ向かった。
すぐ近くにあったはずの駅は遠く、自転車のペダルは何故か重かった。
そして駅に続く踏切が見えた時、警報音と共に遮断機が下りた。
それでも自転車を乗り捨てて線路を走って横切れば、あの人のいるホームに辿り着けたはずだった。
少年が目にしたのはホームを埋め尽くす同級生たち。
そこに割り込んで想いを伝えることが出来たなら、その後の何かが変わっていたのかもしれない。
踏切の側で発車のベルを聞き、あの人が乗った列車を見送った。
走りすぎる列車の窓からあの人には少年の姿が見えていただろうか。
かつて少年だった男は、もしももう一度あの人に会えるのなら尋ねてみたいと思っている。
「あなたは今、幸せですか」と。
Remember me to one who livesthere
Sheonce was a true love of mine