素顔の終結、弔い 番外編22

憧 憬 の 轍

 

202329日 素顔の終結、弔い 番外編22

 

国際郵便で届いた小包の差出人の欄には「終=始」と書かれていた。

住所や電話番号などの連絡先には意味不明な文字が書かれていた。

南米のグアテマラから発送されたその小包に一度開封された形跡があったのは、不審な郵便物と思われたからに違いない。

何もかにも分からないまま開けた小包からはコーヒーの香りがした。

そして古い本が出て来た。栞が差し込まれていた巻末のページの「昭和五十二年七月三十日 十八版発行」の記載がヒントのようにも思えた。

本のタイトルは「いちご白書」、カバーに使われている写真からこの本が映画化後の物だと判別出来た。

「いちご白書(原題 The Strawberry Statement」はアメリカ人作家 James Simon Kunenが書いたノンフィクションで、著書を元に1960年代の学生闘争を描いた映画が1970年6月に公開された。

その後この映画は楽曲や映像などに多くの影響をもたらした。

コーヒーの香りのする本は日本語で書かれ、日本で出版されたものに間違いはなかった。

ページを捲る度にコーヒーの香りをより強く感じた。

この本は「イントロ」、「余波」、「都会とその他の丘原の夏」、「追記」、「説明的注」、「結語」からの6章で構成されている。

読書中に不意に本にシミを作ってしまう事があるとしても、ページを捲る度にコーヒーの香りを感じるのが不思議だった。

あくまで憶測に過ぎないがコーヒー豆を焙煎する場所にこの本が置かれていたとしたなら・・・。

それは古びた記憶を辿る事に依るものだった。

書物を紐解くと言う表現があるが、記憶もまた紐解く物なのかもしれない。

 

 

何らかの理由で出国し7年以上にわたり音信不通の場合は失踪宣言を申し立てることが出来ると何かの本で読んだ記憶がある。

もしもこの本の差出人があの彼ならば、知る限りでは10年以上前に出国し、帰国した話は風の噂にも聞いていない。

彼の実家に電話して尋ねてみても行方知れずのままで、多くを話してはもらえなかった。

電話を切ってから私の憶測はほぼ確証じみたものになった。

 

大学の卒業を間近に控えながらも就職先が見つからず悩ましい日々を送っていた。

それは焦りでもあり、終日抱えた不安でもあった。

そこから飛び出すようにして彼は海外青年協力隊の一員として南米へ赴いた。

具体的な活動内容は聞いたような気もするが詳しくは覚えていない。

任期を終えて帰国した数年後、極めて個人的な理由で再び南米へ旅立ったままだ。

もしも彼の親族が既に失踪宣言を申し立てていたとすれば今後、彼が帰国できる可能性は極めて低い。

ただ私の確証じみた憶測が当たっているとすれば、彼はグアテマラの何処かで生きている。

古本。コーヒーの香り。

「終=始」と書かれた差出人の名前。

世界有数のコーヒー豆産出国のグアテマラ

おそらく彼は人知れずそこでコーヒー豆に携わっているのだろうと結論付けたい。

そして難解な暗号のようなこの本を、彼が愛した人の墓前に置いて来ようとも思ったが、黄色い革製の飾りが付いたキーホルダーと共に、火にくべる事にした。

それはかつて彼が彼女の日記を浜辺で燃やしたように。